11月20日から12月18日までの約1カ月間に渡って開催されたカタール・ワールドカップ(W杯)は、アルゼンチンの36年ぶり3度目の優勝で幕を閉じた。
◆初の中東&冬季開催は多くの問題・課題残す
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W杯史に残る素晴らしい決勝戦の末、通算5度目の挑戦で悲願の優勝を達成したアルゼンチン代表FWリオネル・メッシの笑顔と共に幕を閉じたカタールW杯。FIFAのジャンニ・インファンティーノ会長は、「歴代最高」という言葉で同大会を称賛したが、初の中東&冬季開催となった異例の大会は開幕前、大会期間を通じて多くの問題、課題を残した。
2010年に当時のFIFA会長ゼップ・ブラッター氏のゴリ押しもあって開催地に決定したカタールだが、移民労働者や性的マイノリティ(LGBTQ)に対する人権侵害、制限的な社会制度の問題によってヨーロッパを中心に否定的な声が常に上がっていた。とりわけ、スタジアム建設やインフラ整備に従事した外国人労働者に対する非人道的な扱いによって10年間で6500人以上が死亡したとのセンセーショナルな報道が出た後は、一部出場国から大会ボイコットや中継ボイコットを望む声も盛んに聞かれた。
さらに、ヨーロッパの出場7カ国は開幕前にあらゆる差別反対を訴える意図を持つ『OneLove』のレインボーカラーのキャプテンマーク着用をFIFAに要請したものの、同連盟はカタールへの忖度もあってか、「政治的メッセージの発信を禁じる」との規則を盾に強硬な姿勢でその要請を事実上却下し、各国連盟と衝突しかける一幕もあった。
運営面に関しては史上最もコンパクトな大会と銘打った中、ロシア大会、各国にまたがって開催されたユーロ2020で問題となった長距離移動による公平性の問題を是正できた点は唯一ポジティブな要素に。一方で、ヨーロッパを中心に各国リーグを中断しての開催によって中2日、中3日での超過密日程となり、選手や関係者に予想以上の負担を強いる形となった。
懸念された酷暑での試合開催はスタジアムの空調設備である程度クリアし、新型コロナウイルスの流行も回避できたが、スタジアムや宿泊施設の温度管理の問題で多くの選手が体調を崩すアクシデントも確認された。
開幕後はホスト国として大会を盛り上げることが期待されたフェリックス・サンチェス率いるチームが、開幕戦でエクアドルに完敗し、開催国として史上初の敗戦スタートという屈辱を味わうと、以降のセネガル、オランダ戦も力の差を見せつけられて敗戦。史上初となるグループステージ全敗となり、開催国の資質を疑われるスポーツ面での失態となった。
その他でもファン・サポーター向けの一部宿泊施設の劣悪な環境、開幕直前に急遽アルコール飲料の提供禁止という方針転換など、単純な興行という側面においても多くの課題を残した。
競技の裾野を広げるというという意味合いにおいて中東初開催の意義は十分に理解できるが、その裏では巨額の金が動いており、大会を通じてきな臭い印象は最後までぬぐうことができなかった。
◆セミオート・オフサイド、初の交代5人制、女性審判員
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前回大会ではビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の導入が大きな注目を集めたが、今大会ではセミオート・オフサイドという新たなテクノロジーが導入された。
スタジアムの屋根の下に設置された12台の専用トラッキングカメラ、ボール内部に慣性計測ユニット(IMU)センサーを搭載した公式試合球『adidas Al Rihla』の使用によって、よりスピーディに正確な判定が下せるようになり、過去の試験導入時も評価を得ていた新テクノロジー。今大会においては主審やVAR担当によるプレー関与の判断にばらつきはあったものの、システム自体はまずまず機能。前述の公式球の内蔵センサーはポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドの“髪の毛弾”に関する記録訂正でも話題に。
その他でもより精密度を増したVARによって、スペイン戦で日本代表MF三笘薫がゴールラインに1.8mm残しての折り返しで同MF田中碧の劇的逆転ゴールを演出したシーンは、大会のハイライトの一つとなった。
テクノロジー以外ではコロナ禍において一時的に導入され、後に正式採用となった交代5人制がW杯で初採用となった。すでに各国リーグでもお馴染みとなっているが、これまでの大会に比べて試合途中のシステム変更の増加や、指揮官同士の駆け引きがより鮮明となった印象だ。
レフェリングにおいては、アクチュアルプレーイングタイムを正確に取ることを目的とした、長時間のアディショナルタイム。男子のW杯として初となった女性の審判員の採用が話題を集めた。
今大会では合計129名の審判員の内、6名の女性の審判員を選出。その中で日本の山下良美さん、フランス人のステファニー・フラパールさん、ルワンダ人のサリマ・ムカンサンガさんは主審に選出。ヨーロッパ屈指のレフェリーとして知られるフラパールさんは、メキシコvsポーランドで第4審判としてW杯デビューを飾ると、コスタリカvsドイツでは主審としてもデビュー。W杯の歴史に名を刻んだ。山下さんは主審デビューはならずも、6試合で第4審判を務め上げている。
◆アジア勢&アフリカ勢が大躍進
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決勝はアルゼンチンとフランスという優勝候補同士による順当なカードとなったが、モロッコがアフリカ勢初のベスト4進出、日本、韓国、オーストラリアの3チームがアジア勢として大会史上最多となる決勝トーナメント進出と、アフリカとアジアが躍進する大会となった。
アフリカ勢ではエースFWマネ不在も大陸王者のセネガルのベスト16進出は想定の範囲内だったが、大会前にハリルホジッチ監督を解任してモロッコ人指揮官のレグラギ監督を招へいした“アトラスの獅子”がW杯史に残る快進撃を見せた。
前大会準優勝のクロアチア、同3位のベルギーを抑えてグループFを首位通過すると、決勝トーナメントではいずれも優勝候補のスペイン、ポルトガルを連破。アフリカ勢悲願の準々決勝の壁をついに破った。準決勝以降はディフェンディングチャンピオンのフランス、クロアチアとの再戦に屈したが、ハードワークと組織力を生かした堅守を武器に、決してまぐれではない再現性のある戦いぶりで、堂々の4位フィニッシュを果たした。
敗退したチュニジアとカメルーンに関しても、連勝で突破を決めていたフランス、ブラジルを相手に大金星を挙げ、良い形で大会を終えている。
そのアフリカ勢と共に大会を盛り上げたアジア勢では森保監督率いるサムライブルーが、目標とするベスト8進出こそ逃したものの、“新しい景色”を見せた。
スペインとドイツ、コスタリカと同居したグループEにおいて戦前はグループステージ敗退の可能性が高いと思われたが、ドイツとの初戦で会心の逆転勝利を収めて番狂わせを演じると、コスタリカに敗れて1勝1敗の2位で臨んだスペインとの最終節では再び鮮やかな逆転勝利を収め、優勝候補2チームを撃破しての首位通過というモロッコに並ぶサプライズを提供。PK戦の末に試合巧者クロアチアとのラウンド16を落としたが、戦い方次第で世界トップクラスと十分に戦えるという自信を手にして大会を終えた。
さらに、グループDでは大陸間プレーオフを制して本大会に駒を進めたオーストラリアがチュニジア、デンマークを退けて2006年大会以来2度目のグループステージ突破。グループHでは韓国が最終節でのポルトガル相手の劇的すぎる逆転勝利によってウルグアイ、ガーナを退けての突破を果たした。日本同様にラウンド16ではアルゼンチン、ブラジルという南米の2強に敗れたものの、今後に繋がる大会となった。
また、中東勢として並々ならぬ思いで今大会に臨んだサウジアラビアは、カタール、イランと共にグループステージ敗退となったが、優勝チームのアルゼンチンに唯一土を付ける歴史的な大金星を飾っている。
◆戦術トレンドに大きな変化はなし
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前述のアフリカ、アジア勢の躍進と繋がる部分だが、前回大会に続いて戦術面では強豪国、弱小国に関わらず、堅守速攻スタイルをメインに据えて戦うチームが目立った。
高いボール支配率を記録し、能動的なスタイルを貫いたドイツは2大会連続グループステージ敗退の屈辱を味わい、スペインも日本、モロッコ相手にボールの主導権を常に握る戦いとなったが、アタッキングサードで違いを生むタレントを欠いた影響が大きく、堅固な守備を崩し切れずに敗れ去った。
高いボール支配率、相手を自陣から遠ざける戦い方自体は体力の消耗、相手の攻撃機会を減らすという意味で未だ一定の効果を発揮するが、モロッコが今大会を通じて徹底した[4-5-1]や、ポジショナルプレー封じの5バックを各チームが高いレベルで実行すると、圧倒的な個で局面を打開できるタレント不在のチームが攻略するのは至難の業だ。また、前大会に比べてセットプレーからのゴールの減少、交代5人制によって相手を消耗させて最後に仕留めるというポゼッションスタイルのチームが狙うゲームプランの遂行が難しくなっている。
一方、堅守速攻型のチームでも、やはり人海戦術でゴール前に人数をかけて守ってロングボール1本で“事故”を起こすような戦い方を選ぶ弱者の戦いを貫くチームは、グループステージを突破できず。時間帯によってはボールを持てる、試合中のシステム変更、選手交代で流れを変えられるチームが結果を残している。そういった意味ではクラブレベルの最高峰の舞台であるUEFAチャンピオンズリーグで、スタイルにとらわれないレアル・マドリーがトーナメントを勝ち抜いた構図に近い。
◆歴史に残る激闘の末、メッシの大会に
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大会全体についてインファンティーノ会長の「歴代最高」という表現に異を唱えるが、番狂わせの連続となったグループステージ、モロッコとクロアチアのエモーショナルな勝ち上がり、激闘という言葉がぴったりのファイナルとピッチ上で繰り広げられた数々の戦いは、まさに至高と言える素晴らしいものだった。
とりわけ、世界最高のフットボーラーと称されるメッシがけん引したアルゼンチンを巡るストーリーは、多くのフットボールファンに感動を与えた。
クラブレベルでは獲得可能なチームタイトル、個人タイトルをすべて手にしてきた35歳だが、アルビセレステでは昨年にコパ・アメリカを制するまで無冠が続いていた。そして、大会前に自身最後のW杯と明言し、並々ならぬ思いで臨んだグループステージ初戦でサウジアラビアに公式戦37戦ぶりの黒星を喫し、5度目のタイトル挑戦に早くも暗雲が垂れこめた。
それでも、「アルゼンチンの人々には『落ち着いて』と言いたい。必ずより大きくなって戻ってくる」と、リーダーとしての力強いメッセージを発したパリ・サンジェルマンFWは、その言葉通りグループステージ残り2試合でチームを連勝に導くと、決勝トーナメントではオランダとの準々決勝で2点差を追いつかれてPK戦まで持ち込まれる2度目の試練を乗り越え、躍進のクロアチアも退けて2大会ぶりの決勝進出を決めた。
その決勝では前回大会で敗れた相手であり、クラブチームでの共演を通じて敵に回すと大きな脅威となることを誰よりも理解するFWムバッペ擁する王者フランスと対峙。W杯の歴史に残る運命の決戦では自身の2ゴールによって2度のアドバンテージを手にするも、若き怪物の追撃を振り切れず。今大会2度目のPK戦に。
過去に多くのスーパースターが涙を呑んだPK戦では残酷なシナリオも予期されたが、プレッシャーが懸かる1人目のキッカーを自ら名乗り出ると、名手ロリスとの駆け引きを見事に制して成功。そして、強心臓の守護神のビッグセーブと、エースの気迫に後押しされたキッカー全員がPKを成功させ、偉大なキャリアに相応しいW杯のトロフィーがようやく世界最高のフットボーラーの手に渡ることになった。